「あかいし、しろやま」
ニコラス・ケージが来日しプレミア試写会イベントで、詠みあげた「俳句」である。
「大の日本贔屓(ひいき)」という司会の大げさな前振りに期待した数百の観客が、この「俳句」にずっこけたのは言うまでもない。
日本人にとって日本語ほど簡単な言葉はない。それが母国語というものである。5-7-5、という俳句のルールは、「ひらがな表記」を知らないと意味不明だ。ニコラスさんもちんぷんかんぷんだったにちがいない。
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麻布十番駅に、いつのまにかローマ字の運賃表が出現していた。日本の地名ってのはローマ字表記すると、ここまでわかりにくいか、と感じさせるすご味がある。むしろ乗客を異国情緒に浸らせてくれる。
というわけで、これが、外国人から見た日本語、である。
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ひらがなだけの日本語というのは僕らにも難解である。漢字のない子供むけの本は逆に読みにくい。
大人になった今、漢字がない日本語ほど難しいものはない。
漱石を英文化するとなぜか厚い本になるし、逆もまたそうである。すべての言語は、その言語において最適化がされている。
その最適化をさらに短くする技を競うのが詩だとするならば、それを翻訳したところで、長くてうざくなるだけだ。俳句もマザーグースの詩を例にとるまでもなく。
でも、その精神だけで果敢にチャレンジしたのが、そしてはからずもつまづいたのが冒頭のニコラス・ケージ氏だったような気がする。






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